ナリナリの好きな仁寺洞


きらきら40代だ!!!
by narinya
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カテゴリ:書道 calligraphy( 195 )

お写経

所属している東京の書道会では、お写経も熱心に指導してくださいました。
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これは市販の安い紙なんですけど、金泥でハスの花を手描きしてチョイトひと手間。字で勝負出来ればいいのですが・・・。そんなことを考えていてはお写経する意味がないですね。そういう小さいことを忘れて書きたいものですなぁ。
by narinya | 2007-02-06 19:57 | 書道 calligraphy | Comments(8)

書けませぬ

親戚から頂いたカマボコのお礼を書くのに、もえらけにゃぁ(名古屋弁で)時間がかかりました。なぜなら腕が落ちていて書けないからであります、はい。そら、これだけ練習してない期間が長ければ当たり前です。手紙を素敵に書くことがアタシの目標の一つなのに、とってもマズイわ。

本当に技術を身につけたら、ちょっとやそっとのブランクは関係ないと聞いたことがあります。ということは、アタシは未だ発展途上だということですね。そうだ、毎月の本には必ず提出することを新年の目標にしよう!月に一度、ちゃんとブログで報告するようにしよう!と、意気込みだけにならないように頑張ろう(っていうのが、すでにあぶないですが。。。)
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年賀状を作った時の、画文様用の消しゴムはんこだけで、お手紙の紙を飾ってみました。金銀でなくてもカワイイなぁ。

d0090959_234597.jpg←封筒
るますけさんのところで紹介されていたポチ袋の作り方を参考にさせていただいて、ちょっと消しゴムはんこもおしてみました。

紙は、ナント、箱の中でカマボコの上にかかっていた紙!和紙風だけど片面がコーティングしてあって、なかなか丈夫そうな紙でした。ちなみに、はんこは内側におしてあります。透けて見える感じがいいかなぁと思ってやってみました。

と、ここまでは良かったのに、同封の写真が大きくて結局この手作り封筒は使えなんだ・・・。残念にゃんこでした。
by narinya | 2006-12-26 23:45 | 書道 calligraphy | Comments(8)

染織でみる歌の意匠

画中の葦手絵から始まって、蒔絵に意匠化された歌も葦手絵というようになっていった中、↓写真のような、染織に見られる同じような表現は、葦手絵とは呼ばないみたい。絵じゃないからかな?

江戸前期のこんな綺麗な小袖♪ 文字を絵の中にとけ込ませるあたり、葦手絵とよ~く似てますね。
両写真とも前出の 「詩歌と書 日本のこころと美」 図録より。

↓ 『常盤なる松に懸れる藤波の 花だにちるな春の名残に』 という歌の一部分。右袖から見ると
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「常」

「那」(な)

「累」(る)

「松」

「耳」(に)

胸の方には
盤・可(か)
連(れ)
類(る)・藤
奈(な)・美(み)

「常」と「松」は、藤の房そのもののように、「那」の旁はさりげなく花に沿わせて、「累」の最後の点はまるで藤の葉そのものに、「耳」は枝と葉を思わせる配置に・・・。絵に溶け込むようにしつつ、文字であることも、そこそこ主張されていて、絵と字の融合が見事だわ~。着てみたいなぁ^^

d0090959_17333516.jpg← これはまた別の小袖。

(右袖に金糸で)「紫」・「藤」・「花」です。背面にも漢字4文字。

これは、字が絵の添え物ではなく、字がデザインのモチーフとして確立されている作品ではないかなぁ、と思いました。ここには赤が要るねぇ。じゃ、藤と花は赤でいこうか、みたいな?


こうした表現と同時に、文字をもっと全面に出す表現もうまれました。今、仮名を書く時には、効果的に空間を表現する「散らし」ということが多く行われていて、それは、こちらの表現に近いように思います。でも、アタシは、こういうゴテゴテしたのが好きなんですけどね~。
by narinya | 2006-12-02 17:33 | 書道 calligraphy | Comments(2)

日本語と文字の装飾性

昨晩の「その時歴史が動いた」は、9世紀、平仮名がどのようにして市民権を得たのか、でした。その後の国風文化につながっていくことを考えると、言葉や文字には、すごい力があるものだなぁ、と改めて思います。

文字絵の記事は、主に漢字の装飾についてでしたが、文字自体を飾るのは漢字に限らず、アルファベットもそれは華麗に装飾されますよね。(ウェスタンカリグラフィーの本もあるはずなのに見つからない・・・クスン)

では、日本語(漢字を含む仮名表現)は?仮名文字を装飾?見ないなぁと思い、調べて見ました。

d0090959_10485666.jpg葦手絵(あしでえ)
平安の中期以降、葦の葉がなびくごとく、画中に紛らわしく文字を描き入れることが流行りました。左の写真では、まだ文字よりも葦の方に形態が近く、文字というには無理が・・・。しかしナゼ、これが流行ったのかしらねぇ?
(← 視覚デザイン研究所 「日本・中国の文様事典」 より ↓)
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右は 「平家納経序品 見返し」 の部分にある葦手絵です。
これには、草などの根元に判読できる文字を書き入れて
いますね~。絵で表現した歌の一部言葉を葦手絵として
書き入れて、その絵とリンクさせてたんです。



↓ 「千歳蒔絵硯箱」 (1991年 東京国立博物館 「詩歌と書 日本のこころと美」 の図録より) 
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鎌倉、室町時代に入ると、画中よりも、蒔絵などの工芸品に多く見られます。

さりげなく文字を配置するより、むしろ、文字自体を絵のモチーフにしているように感じます。文字を飾るのでなく、文字で飾るという感じ。


梅の幹に沿って上から 「君(きみ)」 「賀(が)」、地面の岩に沿って右から 「千(ち)」 「と?止?(と)」 「世(せ)」。 蒔絵の絵であらわされた和歌の一部を抜き出して散らされてます。

こうした蒔絵や螺鈿細工での表現を経て、葦手絵は段々と見られなくなっていきます。そして江戸に入ると文字はデザインの素材のようになり、現代よりも大胆に使われたりしました。文字自体を飾るよりも、文字を材料としてデザインにいかす。きっと、その中で散らし書きも洗練され、今の様な空間の美にまで発展したんじゃないかな~と思ったりしました。次回は江戸にスポットをあててみます^^ 
by narinya | 2006-11-30 10:48 | 書道 calligraphy | Comments(2)

文字絵(文字図)

ラジオハングル講座12月号のテキストに、文字絵で作る屏風風カードの作り方が載ってます。文字は儒教の教えを説いた8文字 「孝・悌・礼・義・忠・信・廉・恥」 意味は例によってフィーリングで(笑)

d0090959_13154231.jpg手前がテキストで、
左奥の2文字は
雑誌「Suッkara」
11月号のもの。

右側が 「孝」
左側が 「廉」
鯉やら蟹やらの
絵も含めて字に
なっています。



文字自体を飾る
ものに、こんな
のもあります。↓
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これは、マール社「金石大字典」の中に見つけた文字です。何に見えますか? 「永」 の字なんですよー。読もうと思えば読めますでしょ?文字の装飾なんて字も絵も好きなアタシには、直球ど真ん中なテーマ^^


d0090959_1372468.jpg右は19世紀朝鮮のもので、すきま風を防ぐのに室内に垂らした布。「李王朝時代の刺繍と布」 という展覧会の図録にありました。ソウルの韓国刺繍博物館で買いましたが、この博物館オススメです。
 
「寿」 の字を、牡丹の花と茎の刺繍であらわしたもので、解説には書いてないけれど、花をつなぐ茎の部分は、唐草文様の影響を受けているかな~と思いました。(見づらくてスイマセン)


よく、「書道と絵、どっちが好きなの?」とか、「この作品は書?絵?」という質問を受けることがあるのですが、実はハッキリと答えられたことないです。でも、アタシの目には、字がまるで絵みたいにうつることがよくあるので、書作品も、ぶっちゃけ「絵です」って言ってみようかな。。。
by narinya | 2006-11-29 13:07 | 書道 calligraphy | Comments(6)

臨書だけど作品ってことで 2 

3年前、書展の臨書部門に出品した小島切の全臨。(写真は一部) 手頃な紙がなかなか見つからず最終的に旅先の京都で買った紙に書いて、ギリギリで間に合ったという作品。褒賞頂きました。
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             **********************

二玄社日本名筆選24(↓写真)の解説によると、筆のタッチからみて、伝承筆者の小野道風よりも時代は下がって、11世紀後半の書写とも推定できるらしいです。注目すべきは、書かれたこの料紙。
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紙を漉く時点で色のついた繊維を漉き込む、漉き染めという技法があります。右は、その中の飛び雲という種類。

でも、この漉き染めという技法は、現在もハッキリとは解明されていないそうです。古文書の中には飛び雲か?と思いきや、カビだった!ということもあるらしい・・・。
by narinya | 2006-11-14 10:29 | 書道 calligraphy | Comments(3)

書道展

11月21日~26日(最終日17:00まで) 銀座鳩居堂3階にて、所属会の書道展があります。

d0090959_1371447.jpgよくある大型の書道展とは違って、出品者ひとりひとりが日頃の思いなど、心を込めて書いた作品が並んでいると思うので、きっと楽しく見ることができると思います。

書展会期中、銀座で過ごされる機会がある方は、ぜひ立ち寄ってみてください。芸術の秋ですしね~。^^
ちなみにアタシは出してません。長崎に越したり何だりで、しばらくお休みです。残念ながら。。。
by narinya | 2006-11-07 13:07 | 書道 calligraphy | Comments(0)

ハングル書道  半紙練習

d0090959_148346.jpgハングル書道にも、色々と書体があって、これは 「板本体」 といいます。

文字通り、木版に用いた書体。

書き方は、漢字の隷書体(特に古い時代のもの)に似ています。

簡単そうに見えて、バランスをとるのが、意外に難しい。でも、何となく、それっぽくできました(笑)

意味は "행복은 항상 웃는 마음에서 꽃처럼 피어난다" (幸せは、いつも笑う心に、花のように咲くものだ) です。

やっぱり、ハングルって超かわいい!
by narinya | 2006-10-22 00:19 | 書道 calligraphy | Comments(8)

narinya流 競書誌の活用法 7 (変化のある字)

d0090959_1927244.jpg活用法6 とは反対の要素を持っているものだと考えてみました。
字が切り出された紙の大きさも違えば、偏と旁の関係、画の角度や長さ、空間、墨量にいたるまで、変化がない字でみた法則が当てはまりません。

実際、ここまでは自己流ではあるけれど、何かしらの傾向や法則のようなものがないか、という視点でみてきたわけです。が、この写真のように、字は解読可能な範囲であれば、どうとでも変化はつくわけですよね。

変化がある字に、あえて傾向などを見出す必要もないかな、とも思います。これまでに分析したものを、その反対の視点からみていけば、傾向は傾向であって、規則ではないことに気付きます。

たとえば、縦に見栄えのする縦画を短く、横に広がる字を狭く、画数に反比例するような大きさに・・・・傾向は変化をつける道具にもなる、ということです。美的にどうか、はまた別の問題として、ですが。

美術部がなかった高校で、放課後、個人的に指導をして下さった美術の先生の言葉を、今でもよく覚えています。 「創造は破壊から生まれるんだよ」 高校一年生の私には、何だか哲学的で、でもかっこよく響いた言葉でした。意味は、わかったような、わからないような、という程度でしたけどね。

その時、先生は、固定観念を放つ力を持ちなさい、とおっしゃっていたのだと思うのです。分析という名の下に、集字をして、固定観念を持ってみてきたわけですが、作った集字帳が本屋で買う集字典と異なる点は、この力を備える手段になるところだと思います。単なる、カンニング帳に終わらない、自分だけの集字帳を皆さんも是非つくってみてください。すこし根気が必要ですが、楽しいですよ。^^
by narinya | 2006-10-14 19:27 | 書道 calligraphy | Comments(2)

narinya流 競書誌の活用法 6 (変化がない字)

題に、変化がないと書きましたが、一期一会の書道の世界。変化がない、などと言ってカテゴライズするのは難しいのですが、あくまでも比較の上、その傾向がみられるという意味です。
d0090959_12125532.jpg
写真は 「猿」(左)、「煙」(右)です。字を切り出し、貼って集めてみることで、いろんな角度から比較、観察することが容易になります。その中で、違いが多くみられる字もあれば、変化に乏しい字がある場合もあります。それは、おそらく、作者(この場合は会長)の感覚によるものと思います。

集字の目的は、自分なりに比較、観察、分析、そして活用をしてみることだと思います。お手本の存在が大きい(会に所属すれば尚更に)書道の世界ですから、猿まねになりがちです。でも、猿まねをするにしても、理解した上でしたいじゃありませんか。アタシは欲張りだから、余計そう思うのかもしれません。

造形的に変化のほとんどない字だと判断するのに、アタシは次のような部分に着目して法則としてみました。
 
切り出した紙の大きさ (同じ大きさが並ぶようなら作者はいつもその程度の大きさでしか書かない)
偏と旁の関係 (偏と旁の距離、上下の差などに一定の規則性がある)
画の角度、間隔、それによって生まれる空間 (これらがいつも同じようなら字の印象も類似)
墨量 (著しく多墨、または渇筆でない限りは、判断の基準にはしませんでした)

こんな基準でみていくと、まず、画数が少ない字 「日」、「白」、「雨」、「玉」、「西」・・・などは、どれを見ても、ほとんど同じでした。画数がない分、変化もつかないという必然性があるんだと思います。画数に関係なく、ある字が、いつも一定の法則で書かれているならば、それはイコール会の書風ということでしょう。

つまり、上記に当てはまるような字を自分が書く際に、大して苦労することなく、会の書風に合わせられるということです。本の昇段級試験、創作などに、これは大きな武器になると思いませんか?
by narinya | 2006-10-13 12:12 | 書道 calligraphy | Comments(0)


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